中国から日本に 中日尺八史話

終わりに
日本尺八と杭州護国仁王禅寺の物語は一応ここで終止符を打つ。尺八はついに故郷に戻り、笛の大家趙松庭先生も念願がかなって安堵された。しかし、尺八をめぐる物語はまだまだ続いている。尺八と笛はもともと同宗のもので、どちらも中国史上もっとも悠久の民族吹奏楽器であり、尺八は縦吹き、笛は横吹き、重なると十になる。十は力、光、希望である。歴史は尺八を日本に伝え、笛は中国にとどまったにもかかわらず、今回の出来事は、「葉落つれば根に帰す」という中国のことわざで説明できるだろう。尺八はついに故郷に戻ってきた。しかし、尺八を杭州で復興し、広めようとすれば、まだまだ長い道のりがある。750年後の今日、趙先生が日本の弟子に笛を教えることは、新たな笛の縁の物語が始まるということだろう。それは、劇的なことである。笛が日本で普及し、尺八が中国で回復する日は、きっと中国民族音楽が繁栄するときであろう。その日は必ずやってくる。日本尺八が杭州の故郷に戻ってきたときは、終始「縁」の一字でつながっていた。縁と言うのはいったいどのようなものなのだろうか。
「辞海」という辞書には、「縁」は仏教名詞、すなわち因縁。仏教は常に物事の相互関係でその生起と変化の現象を説明する。その中に、ものごとの生起、あるいは壊滅の主な条件は「因」で、補佐的条件は「縁」である、と書いてある。
したがって、「縁」ということは唯心的ではなく、むしろ唯物的だろう。上記に述べた唐代から現代までの物語には、さまざまな因縁が重なり合い、今につながっているのではなかろうか。奇縁か偶然のように起こったことには、多くの因縁が含まれ、中には社会的、個人的、団体的、自然的、歴史的、そしてさまざまな主観的、客観的な原因によって種々なる結果につながる。このように見れば、なんら不思議なことではない。
機会は常に精進する人に与えられ、精進する人こそさまざまな縁につながる。半生を民族音楽に捧げた私が、今になって尺八と出会えたのは幸運なことであるといえよう。私はこれからも民族音楽に、そして中日友好のために、前向きに精進しつづけようと願っている。
したがって、この文章に美名をつけ、「尺八の縁」と題した。